2016年05月



日産の傘下に下った三菱自動車の益子会長は、記者会見でゴーン社長と並び、笑顔を浮かべた。


台湾ホンハイ社に買い取られたシャープ社長も笑顔を見せた。


心中はき悔しかったのかもしれないが、2者の顔を見て「なぜ薄ら笑いが出来るんだ!」と苛立ってしまった。



没落の要因はいろいろあったのだろうが、すべての責任は社長にある。


社長の管理が行き届かない末端の些細な出来事が要因であったとしても、責任は社長が取らなくてはいけない。


そういう突き詰めた腹の括り方が出来ていない社長族を“雇われ社長”とか“サラリーマン社長”というのだ。


この先、路頭に迷うであろう従業員の声なき言葉を心に刻んでいるなら、笑顔など浮かぶ隙があろうはずがない。



凡人には分かりようがない大企業の政だから聞くに及ばないが、三菱自動車を三菱グループは守らなかったのだろう。


なぜ日産が三菱を越えた筆頭株主になったのか不可解だ。


三菱財閥も衰えたのだろう。





まあとにかく、敗けた奴、失敗した奴は目線を下げ、頭を垂れて、敗者の悔しさ地獄に身を落として耐えなきゃいけない。


その忍耐が復活の原動力になるはずだ。


私はそういう自覚で3度の地獄から這い上がって25年間やってきた。










他の人はどのように考えて生きているのか、どのようにビジネスを考えているのかは知らないけれど、私の生き方やビジネスは「決め事」に従って粛々と積み上げる毎日だ。



何かを思って“決め事”をすれば、一心不乱に“決め事”が成就するまで毎日を積上げる。



12年前、事務所近郊に出来たラーメン屋の味に染まって、1週3回は昼食にラーメンを食べていたら、体重が12kgも増えてしまい、出っ張った腹でムスコが見えなくなった。


「こりゃいかん」と思って好きなラーメンを止めることにしたが、好きなモノを自制するなら、いっそのこと昼食自体を止めてしまおうと決めた。


それ以来、必要が無ければ昼飯を食べるのを止めた。


どんなに腹が減っても、自分で決めたことだから、頑なに“決め事”を守っている。





「60歳で社長を止める」と決めたのは12年前のことだが、12年間で粛々と会社の体制や人育てを積上げて、今年4月の25期決算を区切りに60歳で社長を生え抜き社員に譲った。



66歳で会社の籍を抜いて、会社とは一切の繋がりを断とうと決めている。



10年の計で“断捨離”を進めて2年目だが、衣類や写真、本といった物の“断捨離”は8割方済んだ。


一番、時間を要すのは“人との関わりの断捨離だと思っていたので、今年から年賀状を止めた。


趣味仲間との繋がりになっていたホームページも終了させた。



仕事も人生も“決め事”に従って毎日を積上げる。


思い付きとか衝動的なんてことは、まずほとんど無い。



プライベートの旅行でも、旅程を綿密に企てて動く。



他人様には「息が詰るような生き方」と非難されるかもしれないが、場当たりとか手空き時間の方が自分的には辛いのだ。



先日、「ガリレオ社長のブログ」を見て下さる方から会社に電話があって、「社長のブログを再開して欲しい」との有難い言葉を伝えて下さった方がおられた。


「社長を退任したら、もう社長ブログは綴らない」と前々から決めていたのだ。


社長ブログは創業者ブログに変わった。



すべては“決め事”に従っている。


これが私の生き方だ。







旅客機に乗っていても、自動車に乗っていても、急な旋回や急停止の運転をすれば、乗客は変化に気付いて不安になります。


会社の経営も似たところがあって、急な変化を経営に及ぼせば従業員も変化に気付いて不安を募らせます。


変化は出来る限り緩やかに、従業員にすれば「知らない内に方向が変わっていた」という舵取りが良いのではないかと思います。


もちろんマーケットや会社を取り巻く環境の急激な変化によって、急な舵取りで危険回避しなくてはいけない場面があります。


会社をマーケットの変化に順応させて儲かるマーケットに移し替えて行くには、急激な方向転換をせずにジワジワと人知れず操舵する経営が好ましいと思います。








「スミマセン」とすぐに謝る人が素直だとは言えない。


失態を追及されると、いち早く「スミマセン」を発する。


これは「あまり厳しく私を追及しないで欲しい」という予防線を張る自己防衛だ。


気が小さい人、叱られ慣れていない人が、自分の精神を健全に維持するための自己防衛術だ。


意見が対立した場合、相手の反論に自分のセリフを大声で乗せるのも、自己防衛の表れだ。


こうした自己防衛はクセだから、本人は気付いていないことが多い。


自己防衛という壁を叩き割って、予防線が無意味であること体感させないと、このクセはなかなか治らない。






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